【歌詞対訳】”The Night of Santiago” / Leonard Cohen

アルバム『サンクス・フォー・ザ・ダンス』(Thanks for the Dance, 2019)に収録。レナード・コーエンは2016年11月7日に82年の生涯をおえた。没後リリースとなったこのアルバムは息子のアダム・コーエンがプロデュースおよび作曲を手がけており、前作『ユー・ワント・イット・ダーカー』(You Want It Darker, 2016)制作時のセッションから生まれた音源も用いられている点では、実質的に姉妹作と呼んでいいだろう。ダニエル・ラノワ、ベック、ジェニファー・ウォーンズ、ダミアン・ライス、ファイストなどが制作に参加しており、この豪華な顔ぶれを見るだけでも、レナード・コーエンというミュージシャンがいかに後続の世代にリスペクトされる存在だったのかがわかる。

この"The Night of Santiago"はバラッド(物語詩)の形式をとっており、完成にいきつくまでじつに長い道のりを経ている。まず歌詞に目を向けると、スペインの詩人・劇作家フェデリコ・ガルシア=ロルカ(1899-1936)が1920年代に書いた"La casada infiel"(ラ・カサダ・インフィエル、「不貞な人妻」の意味)という詩がもとになっている。ガルシア=ロルカはレナードの敬愛する詩人のひとりであり、彼の楽曲 “Take This Waltz"もまたガルシア=ロルカの詩"Pequeño vals vienés"(ペケニョ・バルス・ビエネス、「ちいさなウィーンのワルツ」の意味)をベースにしたものである。

“Take This Waltz"が制作された80年代なかば頃にはすでに構想されていたのがこの曲であり、レナードは歌にするべくまず自分流の解釈で"The Faithless Wife"という詩をつくったが、制作は行きづまり、そのまま頓挫してしまった。その後、"The Faithless Wife"はコーエンの詩集Book of Longing (2006)に収録されたが、曲にはならないまま年月が経過し、最終的に、体が弱って作曲できないレナードに代わって息子のアダムがその詩に音楽をつけた。『ユー・ワント』と『サンクス・フォー』という姉妹作がつくられたのと同時に、"Take This Waltz"(1986)も"The Night of Santiago"(2019)という非常に年のはなれた妹を手にしたのだ。なんとも感動をさそう話ではないか。

“The Night of Santiago” (written by Adam Cohen and Leonard Cohen)

She said she was a maiden

That wasn’t what I heard

For the sake of conversation

I took her at her word

「サンティアゴの夜」

女は自分が乙女メイデンであるといった*

私が耳にしたのはそのことではなかったが

会話をつづけるために

言葉どおりに受け取っておいた

*virginというとふつうは単に「処女、童貞」を表すのに対して(キリスト教だと聖母マリア(Virgin Mary)の呼称にもなる)、maidenというと「未婚の女(すなわち、処女)」という含みがある。後者は「未婚の女」であるというところに意味の力点があるわけだが、そう訳してしまうと「処女」の意味が失われてしまう。加えて、この語は詩的かつ古風なことばなので、日本語でも日常的にはまず用いない「乙女」という訳語を選んでみた。

The lights went out behind us

The fireflies undressed

The broken sidewalk ended

I touched her sleeping breasts

私たちの後ろで明かりが消えた

蛍たちが服を脱いだ

ひび割れた歩道はとぎれた

私は彼女の眠れる胸にふれた

They opened to me urgently

Like lilies from the dead

Behind a fine embroidery

Her nipples rose like bread

死者たちからの百合のように

胸は私に向かってただちに開かれた

美しい刺繍の向こう側で

彼女の乳首はパンのようにふくらんだ

Then I took off my necktie

And she took off her dress

My belt and pistol set aside

We tore away the rest

そこで私はネクタイをほどき

彼女はドレスを脱いだ

ベルトと拳銃をわきにやり

私たちは残りのものをはぎ取った

The night of Santiago

And I was passing through

So I took her to the river

As any man would do

サンティアゴの夜*

私は通り抜けているところだった

だから彼女を川へ連れていったのだ

どの男もみなそうしていたものだった

*サンティアゴ(正式名:サンティアゴ・デ・コンポステーラ)はスペイン北西部に位置する市で、ガリシア州の州都。

Her thighs they slipped away from me

Like schools of startled fish

Though I’ve forgotten half my life

I still remember this

おどろいた魚の群れのように

彼女の太腿は私からするりと離れた

人生の大半を忘れてしまったが

いまだにこのことはおぼえている

Now, as a man I won’t repeat

The things she said aloud

Except for this, my lips are sealed forever

And for now

まあ、一人の男として、彼女が声に出していったことを

くりかえすつもりはないがね

ただこれだけはべつだ、私の唇は永久に

そしていまのところは閉じられている

And soon there’s sand in every kiss

And soon the dawn is ready

And soon the night surrenders

To a daffodil machete

まもなく一つひとつのキスに砂が混じる

まもなく夜明けが準備をおえる

まもなく夜が降伏する、

ラッパズイセンを刈るマシェティ

I gave her something pretty

And I waited till she laughed

I wasn’t born a gypsy

To make a woman sad

彼女になにか可愛らしいものをくれてやった*

そして彼女が笑うまでじっと待った

私は女を悲しませる

ジプシーに生まれたわけではなかった

*もととなったガルシア=ロルカの詩ではいったいなにをくれてやったのだろうと気になって調べてみた。悲しいことに僕はスペイン語がまったくできないので、Conor O’Callaghanによる英訳 “The Unfaithful Housewife"の該当箇所を参照してみた。すると"I offered her a big creel / of hay-colored satins."(「干し草色のサテンで編まれた/大きな魚籠びくをくれてやった」)とある。"something pretty"だと具体的にどんなものなのかわからないのだが、代わりに受け取ったあとに女が笑ったという反応が描写されており、想像をふくらませる。

The night of Santiago

And I was passing through

I took her to the river

As any man would do

サンティアゴの夜

私は通り抜けているところだった

だから彼女を川へ連れていったのだ

どの男もみなそうしていたものだった

The night of Santiago

And I was passing through

I took her to the river

As any man would do

サンティアゴの夜

私は通り抜けているところだった

だから彼女を川へ連れていったのだ

どの男もみなそうしていたものだった

I didn’t fall in love of course

It’s never up to you

But she was walking back and forth

And I was passing through

もちろん恋には落ちなかった

それは人によるというものではけっしてない

だが彼女はいったりきたりしていた

私は通り抜けているところだった

When I took her to the river

In her virginal apparel

When I took her to the river

On that night of Santiago

処女の服装をした彼女を

川へ連れていったとき

あのサンティアゴの夜に

彼女を川へ連れていったとき

And yes she lied about it all

Her children and her husband

You were born to judge the world

Forgive me but I wasn’t

もちろん彼女のいったことはすべて嘘だった

子供たちと夫がいた

人は世界を裁くように生まれてくるものだ

だが許してくれ、私はそうではなかった

The night of Santiago

And I was passing through

I took her to the river

As any man would do

サンティアゴの夜

私は通り抜けているところだった

だから彼女を川へ連れていったのだ

どの男もみなそうしていたものだった

The night of Santiago

And I was passing through

I took her to the river

As any man would do

サンティアゴの夜

私は通り抜けているところだった

だから彼女を川へ連れていったのだ

どの男もみなそうしていたものだった

The night of Santiago

And I was passing through

So I took her to the river

As any man would do

サンティアゴの夜

私は通り抜けているところだった

だから彼女を川へ連れていったのだ

どの男もみなそうしていたものだった

The night of Santiago

And I was passing through

So I took her to the river

As any man would do

サンティアゴの夜

私は通り抜けているところだった

だから彼女を川へ連れていったのだ

どの男もみなそうしていたものだった