【歌詞対訳】”Your Best American Girl” / Mitski

2025年8月2日

4作目のアルバム『ピューバティー2』(Puberty2, 2016)からの1stシングル。ミツキはこのアルバムのヒットによって一気にインディーズ・ファンからの熱い視線をあつめ(僕自身、はじめて聴いたときは文字どおり興奮したのをおぼえている)、いまでは一般リスナーからの支持を勝ち得るまでになった。そのような記念碑的なアルバムには、1曲でも2曲でもヒットチャートをかけあがるキラーチューンが収められているのが普通である。しかし、コマーシャルな成功とはべつの次元で、このあまりにもパーソナルな心情を描いた曲は彼女にとって特別なものだろうという気がする。

ミツキは1990年9月27日、日本人の母とアメリカ人の父とのあいだに三重県で生まれた。その後、父親の仕事の都合で世界各地を引っ越してまわりながら成長し、最後にアメリカにおちついた。そのような生い立ちから、自分がなにものなのかよくわからないというアイデンティティの壁にぶちあたってしまう。じっさい、彼女の外見は純粋な日本人には見えないが、かといってまったくの西洋人のようにも見えない。そしてことばの面でも、英語ネイティヴでありながら、最初に母語として習得したのは日本語だという。インタビューを聞くかぎり、彼女の話す日本語は完璧なものである。英語ネイティヴがうらやましい、それはまじめに英語を勉強する気があればだれもが一度はいだく感情だ。それなのに、英語だけでなく日本語も完璧だなんて! 勘違いしちゃいけないが、ふたつの言語をどちらも高いレベルで扱えるハーフなんてめったにお目にかからないものだ。

けれど、「隣の芝は青い」とはよくいったもので、ひょっとしたらその青い芝の地下深くにはなにか厄介な問題が埋まっているかもしれない。ミツキのような複雑な文化的バックグラウンドをもったひとが、外見も中身も100%アメリカンなひとに恋してしまうと、大きな葛藤に直面するのは必至である。アメリカにおいて、黒人差別とかアジア系差別の問題なんかは、残念ながらしょっちゅう耳する。人種平等だの多様性の尊重だの、美しくはあるけれど、現実と理想はちがうものだ。しかし、彼女の場合はそういった政治的な問題というよりも、ひとりの人間として、内面的に引き裂かれていることが問題となっているように感じる。日本人でもアメリカ人でもない、そのどっちつかずの状態が自分のいきついた場所であると受け入れることにともなって生じる痛み。彼女の美しさと激しさがあやういバランスのうえで同居した音楽は、その痛みがどのようなものなのか僕たちにじかに伝えるだけの強さをもっている。

“Your Best American Girl” (written by Mitski Miyawaki)

If I could, I’d be your little spoon

And kiss your fingers forevermore

But, big spoon, you have so much to do

And I have nothing ahead of me

「ユア・ベスト・アメリカン・ガール」

もしできるのなら、あなたの小さなスプーンになって

その指にずっとずっとキスしていたい

だけど、あなたは大きなスプーン、することが山のようにあって

私には前を見てもなにひとつない

You’re the sun, you’ve never seen the night

But you hear its song from the morning birds

Well, I’m not the moon, I’m not even a star

But awake at night I’ll be singing to the birds

あなたは太陽だから、夜をみたことがないでしょう

でも朝の鳥たちが夜の歌をあなたに聞かせるの

そうね、私は月ではないし、星ですらない

でも夜になると目をさまし、その鳥たちに歌いかけるだろう

Don’t wait for me, I can’t come

私を待たないで、来ることはできないから

Your mother wouldn’t approve of how my mother raised me

But I do, I think I do

And you’re an all-American boy

I guess I couldn’t help trying to be your best American girl

あなたのお母さんは、母が私を育てたそのやり方をどうしたって受け入れはしないでしょう

でも私は受け入れる、受け入れられると思う

あなたは100%のアメリカン・ボーイ*

私はどうしてもあなたにとって最高のアメリカン・ガールになりたいのかもしれない

*この「100%の」という言い回しは、村上春樹の短篇「四月のある晴れた朝に100パーセントの女の子に出会うことについて」から拝借した。自分にとってこれがアメリカンだと思われる特徴をすべてそなえている、そのことを表すのにはまさにうってつけなことばだと思うので。

You’re the one

You’re all I ever wanted

I think I’ll regret this

あなたしかいない

ずっとほしかったのはあなただけ

このことはあとできっと後悔するだろう

Your mother wouldn’t approve of how my mother raised me

But I do, I finally do

And you’re an all-American boy

I guess I couldn’t help trying to be the best American girl

あなたのお母さんは、母が私を育てたそのやり方をどうしたって受け入れはしないでしょう

でも私は受け入れる、最後にはきっと受け入れる

あなたは100%のアメリカン・ボーイ

私はどうしてもあなたにとって最高のアメリカン・ガールになりたいのかもしれない

Your mother wouldn’t approve of how my mother raised me

But I do, I think I do

あなたのお母さんは、母が私を育てたそのやり方をどうしたって受け入れはしないでしょう

でも私は受け入れる、受け入れられると思う