【歌詞対訳】”The Riddle” / Cécile Corbel

2025年10月11日

4枚目のアルバム『ソングブックVol.4–ローゼズ』(Songbook Vol.4 – Roses, 2013)からの唯一のシングル。あなたはセシル・コルベルという歌手をご存じだろうか。もしその名前に聞き覚えがあるとしたら、それは十中八九ジブリ映画『借りぐらしのアリエッティ』(2009)の主題歌を歌っている歌手ということで記憶に残っていることだろう。かくいう僕も学生時代にこの映画をとおしてセシル・コルベルおよびその素敵すぎる音楽を発見した口である。

ケルト文化が色濃くのこるフランス・ブルターニュ出身。ケルト音楽で特徴的なものといえばまずケルティック・ハープのやわらかく美しい響きをあげることができるが、個人的に彼女ほどハープを奏でている姿がさまになるミュージシャンは他にいないのではないかと思う。なんだかおとぎの国からそのまま抜け出してきた妖精みたいだ。母語はもちろんフランス語だが、彼女はじつにさまざまな言語で各地の民謡や伝承歌を歌う。デビューEP『Harpe celtique & chants du monde』(ケルティック・ハープと世界の歌)の1曲目、アイルランド語で歌われる“An hini a garan"をかけた瞬間からわれわれは喧騒にみちた俗世をはなれて異世界へといざなわれる。

なんと歌っているのか知りたい……。しかしフランス語ですらろくにわからんのに、アイルランド語やジュデズモ語(ごく少数のスペイン系ユダヤ教徒によって話されている言語。ラディノ語ともいう)で歌われてもまさに"It’s all Greek to me"である。でもネットというのは便利なもので、そのような歌でもだれかがちゃんと調べてくれている。どなたか存じあげないが、セシルさんに関してたぶん日本でいちばん詳しいこちらのサイトには学生のころたびたびアクセスさせていただいた。おかげで自分の乙女チックな世界の開拓がだいぶん進んだ次第である。しかしぜんぶは載っていないので、女もすなる対訳といふものを、男もしてみむとてするなり。

いかにも80年代ニューウェーヴ風のサウンドを違和感なくセシル・コルベルの世界にうつしかえていて、特におどろきはないものの、好感のもてるカバーである。"The Riddle"はイギリスのシンガー、ニック・カーショウが1984年に発表した同名アルバムからのシングルであり、全英3位というなかなかの健闘ぶりを示した。しかし一度聞いたら忘れられないキャッチーなメロディとは対照的に、文字どおり歌詞は謎そのものである。

“mystery"といえば神秘的な意味での謎だが、"riddle"といえばあらかじめ答えがあることが想定される謎、謎かけといったニュアンスがあるため、きっとなにかしらの答えがあるものと信じて、多くのリスナーたちがああでもないこうでもないと考えをめぐらせてきたことだろう。この曲を作ったカーショウ本人は、ファーストアルバムにつづくセカンドアルバム制作に追われていて時間がないなか、この曲は10分で作った、歌詞はとりあえず出てきたものをあてはめただけのナンセンスであるということをいっているが、それでもなにか隠されたものがあるのではないかと考察したがるのがファンというもの。

とりあえず訳をとってみたが、そこで僕はちからつきた。イギリスとアメリカ、"a wrong and a right", “Nights in the scullery / And days instead of me"のような対立が表現の軸になっているのはわかりやすいほどだし、コーラスに出てくる"an old man of Aran"が全体理解のためのキーになっているような気はするのだけれど。もう"riddle"じゃなくて"fiddle"(詐欺、ぺてん)のまちがいじゃないのか?と思ってみたり笑

“The Riddle” (written by Nick Kershaw)

I got two strong arms

Blessings of Babylon

Time to carry on and try

For sins and false alarms

So to America the brave

Wise men save

「ザ・リドル」

私には二本の強い腕がある

それはバビロンからの賜物*1

進んでいき挑戦するための時間だ

罪と思い過ごしのために*2

アメリカに勇敢なものたちを

賢者たちはとっておく

*1 Babylonは字義どおりには古代バビロニアの首都バビロンを指すが、「華美で悪徳のはびこる場所」を指す比喩としても用いられる。

*2 false alarm「根拠のない危惧、期待」

*3 セシル・バージョンだと以下のように聞き取れる。特に“So to”が“Sold in”になる5行目の意味のちがいははなはだしく、「罪と思い過ごしのために/アメリカで一杯くわされた(だまされた)」とつながるだろう。

I got two strong arms

Blessings of Babylon

With time to carry on and try

For sins and false alarms

Sold in America the brave

Wise men save

Near a tree by a river, there′s a hole in the ground

Where an old man of Aran goes around and around

And his mind is a beacon in the veil of the night

For a strange kind of fashion, there’s a wrong and a right

But he′ll never, never fight over you

ある川のほとりの木の近く、地面に穴がある

そこではアランの老人がぐるぐる回っている*

彼の心は夜のとばりを照らす灯台だ

奇妙な流行のために、善と悪がある

でも彼があなたをめぐって争うことはないだろう

*アラン諸島(Aran islands:アイルランド西部ゴールウェイ湾に位置。イニシュモア島、イニシュマーン島、イニシィア島の3島からなる)の老人ということだろう。いずれの島においても人々は英語ではなくアイルランド語を話す。

I got plans for us

Nights in the scullery

And days instead of me

I only know what to discuss

Oh, for anything but light

Wise men fighting over you

こんな計画ではどうだろう

夜は食器洗いの仕事をして

昼は私の代わりにある

わかるのは何を議論すべきかということだけだ

ああ、光をのぞいてあらゆるもののために

賢者たちがあなたをめぐって争っている

It’s not me you see

Pieces of Valentine and just a song of mine

To keep from burning history

Seasons of gasoline and gold

Wise men fold

それは私じゃないさ

ヴァレンタインの品々にちっぽけな私の歌

それは燃え盛る歴史から

ガソリンと黄金の季節を守る*

賢者たちは参ってしまう

*gasoline(gas)はアメリカ英語である。イギリス英語ではpetrolという。

Near a tree by a river, there′s a hole in the ground

Where an old man of Aran goes around and around

And his mind is a beacon in the veil of the night

For a strange kind of fashion, there′s a wrong and a right

But he’ll never, never fight over you

ある川のほとりの木の近く、地面に穴がある

そこではアランの老人がぐるぐる回っている*

彼の心は夜のとばりを照らす灯台だ

奇妙な流行のために、善と悪がある

でも彼があなたをめぐって争うことはないだろう

I got time to kill

Sly looks in corridors without a plan of yours

A blackbird sings on bluebird hill

Thanks to the calling of the wild

Wise men′s child

私にはつぶさなくてはならない時間がある

回廊にはあなたの計画をもたないずるがしこい顔つきが

クロウタドリはブルーバード・ヒルで歌う*1

荒野の呼び声のおかげで*2

賢者たちの子ども

*1 black birdとわかち書きすれば「黒い鳥」だが、blackbirdと一語でつづると(英)ではクロウタドリ、(米)ではムクドリモドキを指す。同様にbluebirdはブルーバード(ルリツグミの総称)のこと。

*2 ジャック・ロンドンの『野生の呼び声』(The Call of the Wild)を連想させる。第一ヴァースに明確にAmericaとあるのでなにか関連を見出せるだろうか?

Near a tree by a river, there’s a hole in the ground

Where an old man of Aran goes around and around

And his mind is a beacon in the veil of the night

For a strange kind of fashion, there′s a wrong and a right

But he’ll never, never fight over you

ある川のほとりの木の近く、地面に穴がある

そこではアランの老人がぐるぐる回っている*

彼の心は夜のとばりを照らす灯台だ

奇妙な流行のために、善と悪がある

でも彼があなたをめぐって争うことはないだろう

But he′ll never, never fight over you

でも彼があなたをめぐって争うことはないだろう