マイ・フェイバリット・ビートルズ(10曲)

むずかしいことは承知のうえで、もしビートルズの楽曲から10曲だけ選んでマイベストをつくるとしたら、どうなるだろう? 思いかえせば洋楽に熱中していた中高生のころ、自分にとってはこれがベストというプレイリストをつくるのが好きだった。もちろん、ファブ・フォー(素晴らしき四人組)の個人的なオールタイムベストなんて最初から不可能にきまっている。あくまで現在の自分が選ぶとこうなるというだけで、未来にはきっと多かれ少なかれ変更が生じるだろう。ビートルズは生きていて変化しつづけるのだ。

僕が最初にビートルズに出会ったのは中学生のころだった。スタジオアルバムやベスト盤(赤盤・青盤)ではなく、いまとなってはどのレーベルかもわからない、初期のロックンロールを中心としたコンピレーション盤。それがたまたま家にあったので聞いてみたところ、あっという間に夢中になってしまった。それからレンタルショップでベスト盤を借りて聞いたり、いくつかスタジオアルバムを手に入れたりした。もちろん中学生の身分ではとてもぜんぶを集める財力はないから、『ア・ハード・デイズ・ナイト』とか『レボルバー』とか、いわゆる「名盤」とされているもの数枚に手を出したのだった。生まれてはじめて洋楽CDなるものの棚に向かい、国内盤よりも安価な輸入盤を買ったときは、なんだか未知の世界に一歩ふみだしたような気分がしたものだ。

もちろんビートルズだけを聞いていたのではない。僕が中学生だった2005年~2007年ころは、ゆずやコブクロ、それにスキマスイッチとかレミオロメンとかが流行っていて、そういうJ-POPも普通に好きだった(生まれてはじめて自分の意志で買った邦楽CDはスキマスイッチの『夕風ブレンド』だった)。Mrs. GREEN APPLEが覇権をにぎり、米津玄師とかYOASOBI、Adoなんかが若者の支持を集めている昨今からすると、ずいぶん平和な時代だったんだなあと思う。ビートルズ以外の洋楽だと、ローリング・ストーンズとかドアーズ、ビーチ・ボーイズあたりを聞いていた。このチョイスは、当時興味をもって読んでいた村上春樹の小説に名前が出てきたからだが、いまふりかえると、ロックの超王道ではあるけれど、とても現代の中学生向けではないのがおかしい。

まあ、教室の真ん中でひとり黙々と『ノルウェイの森』を読んでいるような中学生だったので、みずからの興味をそそるものにはなんの疑念も抵抗もなく進んでいけた。10代・20代を通過して、30代ともなると、自分なりの音楽的価値観ができあがってしまっているから、そこから外れるものにはなかなかアクセスしていけなくなる。でも意識して音楽を聞きはじめたころは、その価値観じたいが定まっていないだけに、おもしろいと思えるものに出会ったときの感激はひとしおだった。あのころは、飽くことなくいつまでも繰り返し聞ける音楽が山のようにあったのだ(いまではとても信じられないけれど)。

けれど、おもしろいと思うものを発見し、それに夢中になり、やがて飽きるということを繰り返していくうちに、だんだん新しいものを受け入れる余地がすこしずつ、しかし確実に自分から失われていっているということに気づく。それが進行していき、ついには新しいものを受け入れる力が自分には残されていないことを認識することさえ不可能になったとき、人は完全に老人になる。

僕は、できることならいつまでも若々しくありたいと思う。肉体はどうやっても衰えていく運命にあるけれど、努力を―それも絶え間ない努力を―重ねていけば、気持ちのうえではなんとか時代についていけるのではないかと信じている。それで、最近かんじることだけれど、自分のレーダーにひっかかる新しいものを追うだけが能じゃない、昔から好きなものを記憶の棚から引っ張り出してきて、ほこりを払い、もう一度とらえなおしてみることも時には必要なんじゃないかと。とくにビートルズのような、ポピュラー音楽史に不滅の足跡を残すグループであれば、人生のどの段階で聞き直すかによってもずいぶん受け取り方がちがってくるはずだ。

ビートルズは時代のBGMのような気がして、60年代当時はまともに聞かなかったというようなことを村上春樹は言っているけれど、『ノルウェイの森』をはじめ「ドライブ・マイ・カー」や「イエスタデイ」など、ビートルズ作品にインスピレーションを得た作品をいくつも書いているのはれっきとした事実である。ビートルズは、ある世代の人々にとってはひとつの共通言語なのだと思う。60年代に青春時代を過ごし、ビートルズをリアルタイムで経験した人たちのなかに、いまだにビートルズを熱心に語るご年配がいるのはぜんぜん不思議ではないのだ。でも歴史は未来に向かってしか進んでいかない。いずれビートルズのことも、彼らが創造性を爆発させていた60年代のことも直接にはだれも知らない、そんな世界がやってくるのは目にみえている。

そうなったときに僕らがすべきことは、残された作品を聞くことだ。過去にタイムスリップすることは、すくなくともいまの科学技術では不可能なのだから。ビートルズの音楽を聞くと、それを通してメンバーたちが生きていた時代が目の前にたちあがってくるような気がする。ビートルズとともに60年代を生きた人たちが、彼らの音楽にどんな思いをいだいていたのか想像できるような気がする。ビートルズというあまりに話者の多い共通言語を学ぶと、過去を過去のまま終わらせず、生きたことのない過去を自分で生きることさえできるようになるのだ。そしてそれはもちろん、多くの人びとに共有された集合的な過去にとどまらず、僕にとっては大切な、個人的な過去への扉を開くことにもつながる。

ということで、前置きにしてはいささか長くなってしまったけれど、自分の洋楽人生の原点であるビートルズをふりかえり、いまでも愛着をもてる10曲をセレクトしてみることにしよう。順位はとてもつけられそうにないので、発表された年代順に並べていくことにする。

1曲目、『ヘルプ!』(1965)より「涙の乗車券」("Ticket to Ride")。「涙の乗車券」という感傷的な邦題は、どちらかというとカーペンターズのカバーバージョンのほうが似合う感じ。初期のストレートなロックンロールナンバーからなにか選ぼうかと思ったが、すでにあまりに聞きすぎたせいでけっきょく選べなかった。"I Saw Her Standing There"とか"Twist and Shout"みたいな、「オレたちゃロックンローラーなんだぜ!」みたいな若さというのか、青臭さというのか、ともかくそういうのが見えるのもいいけれど、いまだに聞き飽きないのはこの曲。『プリーズ・プリーズ・ミー』(1963)からわずか2年でこの新機軸を打ち出すところに、芸術家集団然とした後期に至る片鱗がすでに読み取れるような気がする。

2曲目、「デイ・トリッパー」("Day Tripper")。オリジナルアルバムには収録されておらず、『パスト・マスターズ Vol.2』などで聞ける。シンプルだけれど耳から離れない、かっこよすぎるギターリフ。ニルヴァーナのカート・コバーンがビートルズの大ファンだったというのは、たとえばこういう曲を聞くとよくわかる気がする。カートは、ギターリフを主体にしたキャッチーなロックソングを書く天才だったからね。「デイ・トリッパー」が何を意味するのか最初はわからなかったのだけど、ドラッグについての歌らしいと知ったときはわりと衝撃的だった。

3曲目、「恋を抱きしめよう」("We Can Work It Out")。じつは「デイ・トリッパー」と一緒に両A面シングルで発売された曲なので、もし僕が60年代に青春を過ごしていて、このシングル盤を手に入れていたら、それこそ狂ったようにリピートしていたと思う。明るく軽快な雰囲気の曲だが、"Life is very short…"の部分で歌詞の内容と曲調をリンクさせるなど、随所に工夫がみられる。もし彼らがただのアイドルグループだったなら、曲の一部をワルツ調にしたり、リード・オルガン(ハーモニウム)を取り入れたりした、カントリーっぽい曲など書けるはずがなかっただろう。不思議な魅力を感じる曲である。なにげに、初期のディープ・パープルが組曲というかたちでカバーしていたりする。のちのハードロック路線からはなかなか想像できないんだけどね。

4曲目、『ラバー・ソウル』(1965)より「ドライヴ・マイ・カー」("Drive My Car")。ビートルズの楽曲に順位づけすることはできないけれど、オリジナルアルバムのナンバーワンなら答えは決まっていて、僕が一番好きなのは『ラバー・ソウル』だ。この曲は一曲目に収録されているので、『ラバー・ソウル』を再生すればかならず聞くことになる。アルバムと切っても切り離せない曲なのだ。スターになることを夢見る女性から、運転手にしてあげると言われた語り手の歌だが、じつはタイトルにも仕掛けがあって、"drive my car"は古いブルーズの隠語で「セックス」を意味するのだとか(ポール、そういうの好きだよね笑。ジョンは言わずもがなだけど)。

5曲目、「ひとりぼっちのあいつ」("Nowhere Man")以前、歌詞対訳でも取り上げた。ビートルズの魅力を語るに際しては、七色とでも表現したくなる見事なコーラスにふれないわけにはいかないと僕は思っていて、この曲もまたそれが顕著に発揮された例といえるだろう。またそれと同時に、ジョンの作詞家としての才能がいかんなく発揮された曲でもある。ポールは下手をすると妙に甘ったれていて感傷的な方向へ流れていきがちだが、ジョンが作詞をすると、その普通ではない発想・ものの見方によって独特の緊張感が生まれる。コーラスの見事さという点ではビーチボーイズに軍配があがるものの、すくなくとも作詞についてはジョンがいる時点で圧勝だろう。というか、ジョン以上にナンセンス(無意味)かつミーニングフル(意味深い)な詞が書けるロッカーを僕は他に知らない。

6曲目、「イン・マイ・ライフ」("In My Life")これも以前、歌詞対訳で取り上げた。いつ聞いても、何度聞いても、すばらしいと思える曲である。こういう小品のような雰囲気の曲はどちらかというとポールの得意とするところだろう。"Yesterday"に"Michelle"、それに"Blackbird"など、ポールのその方面の才能があらわれた曲はいくつも思いつく。でもジョンだって負けてはいない。音楽的にはブリッジ(1分28秒~)でチェンバロみたいな楽器(じつはピアノの音を加工したもの)が入るのがおもしろい。ジョージ・マーティンのアイデアということだけど、そのままでも十分な美しさをそなえたこの曲がよりいっそう魅力的なものになった。ローリング・ストーンズの“She’s a Rainbow"なんかもそうだけど、このころはロックバンドがちょっと少女趣味っぽい鍵盤を取り入れるのがトレンドだったりしたのだろうか?

7曲目、『リボルバー』(1966)より「ヒア・ゼア・アンド・エヴリウェア」("Here, There and Everywhere")。讃美歌を思わせる、ゆったりとしていて美しい曲だ。ポールは"Let It Be"や"Lady Madonna"のようなキリスト教色の濃い楽曲をしばしば書くわけだが、それはキリスト教というよりも母親メアリー・マッカートニーとの思い出が、聖母マリアのイメージと重なるからだろう(メアリーとマリアはいずれも英語だとMary)。この曲の着想源はビーチボーイズの"God Only Knows"だそうだが、それもやっぱりキリスト教なわけで、英米の人たちはたとえ熱心な信仰をもっていなくても宗教と無縁でいることはできないのだろう(そういえば、ジョンが「おれたちはキリストよりも人気がある」と発言して大炎上したなんていう事件もあったな笑)。歌詞に直接キリスト教への言及があるわけではないが、個人的にはこの曲も"Let It Be"や"Lady Madonna"の系列に入ると考える。

8曲目、『マジカル・ミステリー・ツアー』(1967)より「アイ・アム・ザ・ウォルラス」("I Am the Walrus")。完全に頭がいかれているとしか思えない笑。LSDといったドラッグがどんなふうに作用するのか僕は当然知らないけれど、すくなくともジョン・レノンの場合は持ち前のぶっとんだ想像力を強化(狂化?)する方向に作用したみたいだ。薬物は「ダメ、ゼッタイ」みたいな陳腐な標語で規制するんじゃなくて、児童や生徒にはぜひともこの曲を聞かせて、「ドラッグを使うとこんなに怖いことになりますよ」とおどしたほうが効果があるだろう(それで逆にこの曲のとりこになったとしても僕は責任をとりません笑)。この「聞くドラッグ」みたいな曲はしかし、『鏡の国のアリス』に出てくるセイウチやハンプティ・ダンプティに着想を得ているあたり、ジョンもまっとうに英国人だったんだなと思う。ルイス・キャロルがこの曲を聞いたらなにを思うだろうか。

9曲目、『アビイ・ロード』(1969)より「カム・トゥゲザー」("Come Together")。あの有名な横断歩道ジャケットのアルバムは、このように怪しく、最高にクールな曲ではじまる。個人的に、ビートルズの楽曲で強烈に印象に残るものはほとんどジョンの曲なんだけど、いかんせん歌詞がなにを言っているのかわからないから、対訳というかたちで取り上げようとするとポールのもののほうが多くなる。Wikipediaで「カム・トゥゲザー」の項目を見ると、かつて歌詞カードには「対訳不可能」と記載されたこともあったとか書いてあって、思わず笑ってしまった。プロの翻訳者にすら匙を投げさせるジョン・レノン。とはいえ、この曲ではリンゴのパーカッションの存在感もまた際立っている。キース・ムーン(ザ・フー)とかボンゾ(レッド・ツェッペリン)みたいなど派手なタイプではないだけにそのすごさがわかりにくいリンゴだが、こんなふうに音数がすくなく、コード感も乏しい曲ではリズム隊にスポットライトが当たるわけで、そうなると必然的にリンゴのテクニックが浮き上がってくるのだ。本人は目立つのは好きじゃなかったそうだけど。

10曲目、「ヒア・カムズ・ザ・サン」("Here Comes the Sun")。最後になってようやくジョージの曲をとりあげることができた。『アビイ・ロード』には"Something"という非のうちどころのないジョージのバラードが入っているわけで、そちらと迷ったが、個人的にはこっちのほうに愛着をおぼえる。ビートルズメンバーのなかでもっともインド音楽の影響を受けたであろうジョージ・ハリスン、彼の曲はむしろ“My Sweet Lord"とかソロになってからのほうが好きなものが多い。というか、僕の場合、ジョンやポールのソロ作品はあんまりおもしろくなくて、それほど聞いていない。ジョンはなんだか平和の伝道師みたいなうさんくさい方向に行ってしまい、ポールは悪くないんだけど安易なポップソングを量産してしまったように思うんだよね。レノン=マッカートニーという強烈すぎる個性の陰に隠れてしまった観のあるジョージだけど、ソロになってからのジョージはいい。生真面目で、一音一音から美しさがにじみ出るような作風は、このようにビートルズ時代の最後にも見受けられるというわけだ。

洋楽The Beatles

Posted by Kenny