Mitski来日公演レポート(7/28)

2026年7月30日

7月28日(火)にZepp DiverCity Tokyoで開催されたミツキの来日公演を観てきた。彼女は2日前のフジロックにも出演しているが、単独公演としてはこの一回きり、前回からじつに7年ぶり。正直、九州にいたころは「ミツキのために東京に飛んでいくのはな……」とためらっていただろう。海外アーティストのライブに電車乗り継ぎだけで行けてしまうという、東京の圧倒的すぎる交通のメリットをあらためて実感した日にもなった。

さてその内容だが、これが期待していたよりはるかによかった。今年2月末にリリースされた新作『Nothing’s About to Happen to Me』(私にはなにも起きようとしていない)があまりにもすばらしくて、期待していなかったわけではぜんぜんないのだけど、ミツキってここまで安定感のあるひとだったんだね。まったく危なげなく一時間半が過ぎていった。バンドもすごくいい仕事をしていて、こういうのがプロなんだと思う。ちょっと軽くみていた自分を反省したい。

♪「アイル・チェンジ・フォー・ユー」[新作のなかで断トツに好きな曲。「If you don’t like me now, I’ll change for you」っていうコーラスだけど、相手のために自分が変わる、自分から折れてみせるっていう姿勢は非アメリカ的だと思う。]

自分は10年前、『Puberty2』(2016)が出たころから彼女の音楽を聞きつづけている。轟音ギターをかきならして90年代USオルタナの正統なる継承者だったかのようなミツキ、次作『Be the Cowboy』(2018)ではオルタナのざらざらした質感を残しつつも、その要素は目立って後退し、思いきりポップな方向に路線転換した。でも「Nobody」とか曲調は明るく楽しげなのに「And still nobody wants me」といった悲痛なヴァースからの「Nobody」連呼コーラスであり、おかげでじっとりとまとわりつくような孤独はかえってその陰影を濃くしているといったところ。身を切るような切実な曲をつくりすぎているせいだろう、彼女はその後、いったん音楽業界から身を引こうとさえしたが、『Laurel Hell』(2022)で見事なカムバックを果たす。「Working for the Knife」はそんな彼女の「自分の道はこれしかない」という覚悟を表明する曲として象徴的である。

♪「ワーキング・フォー・ザ・ナイフ」[ここには「Nobody」のころにあったような、どこか浮ついた気分はいっさい見いだせない。真剣そのものである。まさに触れれば指が切れるナイフのように。]

2018年~2022年のあいだにある程度曲をかきためていたんだろうけど、翌2023年には『The Land Is Inhospitable and So Are We』がリリースされた。これは肩の力が抜けた良作で、フォークやカントリーにおおきく接近している。SNSでバズった「My Love Mine All Mine」はこのアルバムにはいっていて、ライブでも観客たちがいっせいにスマホを向けてビデオに写していた。でも個人的にはこの曲、そんなにいいかな?と疑問に思っている。けっして悪くはないんだけど、ビートルズでいえば「Yesterday」、ビーチボーイズでいえば「Caroline No」みたいな小品でしょう、これ。ここまでの反響とは、たぶん作った本人がいちばんおどろいているはず。

ミツキの曲って総じて尺がみじかく、3分台の曲がほとんど、2分台のものもけっして少なくないといった感じである。そんなふうだから、つぎつぎに繰り出される曲の一つひとつはあたかも一幕のヴィニェット(寸劇)を構成しているような錯覚をおぼえる(じっさい、彼女がギターを捨ててまでやりたかったことは、全身をつかって曲の世界を表現することなのだろう。ステージ上の彼女はじつにエナジェティックに体を使ったパフォーマンスをする)。「I Bet on Losing Dogs」とか「Washing Machine Heart」といった代表曲ですら、「べつにたいしたものじゃないですよ?」みたいな澄ました様子でおしげもなく繰り出され、あっという間に終わっていく。ちょっとした線香花火みたいだ。いい意味でも悪い意味でも、じんわりとした感慨というのはあまり湧いてこない。

♪「アイ・ベット・オン・ルージング・ドッグズ」[言ってることは村上春樹の「卵の側に立つ」といっしょなんだけど、最後のコーラスがとにかく強烈。ボディブローのようにじわじわ効いてくる。]

その一方で、「Where’s My Phone?」や「Dan the Dancer」のようにロックフィーリングのつよい曲、これは狙いすましてフロアを盛り上げにかかっており、思いのほか印象に残った。僕としてはオルタナのミツキやシンセポップのミツキより、近年のフォーク、カントリー主体のミツキが好きなつもりでいたんだけど、そもそもデビューの時点から彼女は魂の叫び、すなわちロックに基盤をおいていて、どんなにスタイルが変化しようと、その基盤はやっぱりばちっとはまっているんだよね。「Your Best American Girl」をやればぜったいに盛り上がるのに、意地でもやらないところに気概をかんじる笑 彼女はやっぱり「一曲だけの人」にはなりたくないんだろう(レディオヘッドの「Creep」みたいなものだが、日本なんだしさ、自分みたいにこの曲を通してファンになった人間のことも考えてくれ涙)。

アンコールは「Pearl Diver」。フロアがしーんとしていたのは曲調のせいというより、たんに知っているひとが少なかったからではないか笑 これはデビューアルバム『Lush』(2012)の最後を飾る曲で、ほかに「Francis Forever」とか「I Want You」といった初期の曲は、僕も予習していたからなんとかついていけた。『Puberty2』以前の曲をどれだけ知っているかで、真のミツキ・ファンかどうか試されているところがある気がする笑 「Pearl Diver」、この民謡のような歌を聞いていると自分は、日本の海女(あま)たちが海にもぐっているところを連想する。

♪「パール・ダイヴァー」[「And I, I’ll live without you / Though the struggle will be daily」という一節を聞くと、なぜミツキがこれを最後にもってきたかわかるような気がする。]

いろいろ書いたけど、自分と同世代のひとが活躍しているのはなんとも励まされることだなあと思う。MCのなかで、「自分はどこかにあてはまると思っていたけれど、どこにいってもあてはまらない」といった表現で、彼女は冗談めかして「居場所がないこと」をぽろっと口にしていたが、僕はそれこそが彼女の強さであり、また弱さなんだろうなと思う(わざわざ安くもないチケット代を払って彼女のショーを見にいく自分もまた、たしかに「居場所」なんかないです笑)。ちょっと考えてみたらわかるが、この世のどこかに自分の居場所が容易にみつかるひとは、苦労してわざわざなにかを作ったりしないだろう。どこを見わたしても自分の居場所を見つけられないひとが、仕方なく自分で自分の居場所をつくり、それが偶然にもほかの人間の心を震わせる。自分は芸術の力の一端というのを、そういう領域にもとめたいと思う。

「居場所がない」というのはミツキの音楽をつらぬいている主要な感覚で、情緒的なメロディはどこまでもアジア的なのだが、かといって音楽そのものは西洋的である。それは純粋なアメリカン・ポップスとは縁遠いところに位置していて、どんなにフォークやカントリーを取り入れても、彼女には「土地の感覚」というものが乏しい。文化的になにに根ざしているのかが曖昧である。そんな彼女の音楽を評して「多国籍」ということもできそうだが、自分としてはあえて「無国籍」といいたい。無国籍であるからこそ、国籍だとか文化だとか、ともすれば個人にとって鎖になるものを超えて、ダイレクトにハートに響いてくる。……まあ、英語はわからんとだめかもしれないけど。

エッセイ,洋楽Mitski

Posted by Kenny