ジェイン・オースティン『高慢と偏見』(阿部知二訳、河出書房新社、2006年)
このところ自分のなかでは古典がちょっとしたブームになっていて、ジェイン・オースティンの『高慢と偏見』(Pride and Prejudice, 1813)をいまさらのごとく読んでみた。先日再読したチェーホフもそうだが、古典というのは自 ...
アントン・チェーホフ『かもめ・ワーニャ伯父さん』(神西清訳、新潮社、1967年)
ひさびさにチェーホフの戯曲を読みなおしてみた。選択肢としていまもっともスタンダードなのは『かもめ』であれば岩波文庫、『ワーニャ伯父さん』であれば光文社古典新訳文庫かもしれないが、いずれもロシア文学者である浦雅春氏による訳業だ。学生時代 ...
タリアイ・ヴェーソス『氷の城』(朝田千惠/アンネ・ランデ・ペータス訳、国書刊行会、2022年)
「ああ、これはすごい小説だ!」というのではなく、最初はうすぼんやりとしていた光景が、辛抱づよくカメラをのぞきこんでいるうちにすこしずつ像を結んでいく、そんな確かさをそなえた小説である。
学生のころはとにかくたくさん小説のこ ...
鈴木結生『ゲーテはすべてを言った』(朝日新聞出版、2025年)
*以下の文章は一部物語のネタバレを含みますので、未読の方はご注意ください。
世間的にはあまり耳なじみがないかもしれないが、小説の分野にはアカデミック・ノベルないしキャンパス・ノベルというジャンルが存在する。主人公は主として ...
クラスナホルカイ・ラースロー『北は山、南は湖、西は道、東は川』(早稲田みか訳、松籟社、2006年)
以前、アンナ・ツィマの『シブヤで目覚めて』(2021)を取り上げたとき、話の枕として松籟社(しょうらいしゃ)の話題から書きはじめたのだった。ワンパターンはよくないぞと知りつつ、今回もまたその話題からはじめよう。岩波書店や新潮社といった ...
ツェリン・ヤンキー『花と夢』(星泉訳、春秋社、2024年)
最近、自分のなかでアジアや中近東に対する関心がにわかに高まりつつある。先日、オルハン・パムクの『赤い髪の女』(2019)を読了した。ソフォクレスの『オイディプス王』(=ギリシア(西洋)の父殺しの物語)と『王書』のロスタムとソフラーブの ...
千早茜『ひきなみ』(角川書店、2021年)
僕は小説を読むのがわりと好きな人間だが、ジャンルとしては圧倒的に純文学が多い。これは読む本がたまたまそうなっているのではなく、かなり意識的に純文学を選ぶようにしているからである。といってしまうと「お高くとまってんじゃねえよ」と反感をも ...
アンナ・ツィマ『シブヤで目覚めて』(阿部賢一・須藤輝彦訳、河出書房新社、2021年)
「東欧の想像力」というシリーズがある。松籟社(しょうらいしゃ)という京都の小さな出版社が出しているシリーズで、「東欧」と呼ばれる地域の作家たちが書いた文芸作品の中から、えりすぐりのものを原語からの翻訳で紹介するという企画だ。僕は学生時 ...
三宅香帆『なぜ働いていると本が読めなくなるのか』(集英社、2024年)
例によってこのブログでは文芸書だけでなく話題の新書などを取り上げているが、この本はもうタイトルを見ただけで自分に刺さった。そして速攻でポチったのだが、例によってしばらくのあいだ積読の山のなかに埋もれることとなった。その理由はタイトルか ...
ジョン・ウィリアムズ『ストーナー』(東江一紀訳、作品社、2014年)
このところ、立て続けにアメリカの小説を読んでいる。ジュンパ・ラヒリの『低地』(The Lowland, 2013)、ジェスミン・ウォードの『骨を引き上げろ』(Salvage the Bones, 2011)、ジョン・オカダの『ノー・ノ ...