イノセントな歌声:児島未散について

2024年2月7日

児島未散の音楽にドハマりしている。毎日新聞のCD選評で取り上げられていたのがきっかけでこのマイナーなシンガーに興味を持ち、YouTubeで「ジプシー」を聞いてみたところ、一発でノックアウトされた。すばらしい歌声!(ついでにいうとこういう塩顔の典型みたいな人、好き(笑)) 早速選評で取り上げられていたベスト・アルバム『ALL TIME BEST CHIFFON』(TOWER RECORDS, 2023年3月15日発売)を注文し、それから半年にわたって聞き続けている。

以下、収録曲をまとめてみる。

1. BEST FRIEND(作詞:松本隆 作曲:林哲司 編曲 新川博 『BEST FRIEND』(1st)に収録)

2. セプテンバー物語(シングル・ヴァージョン(初CD化音源))(作詞:松本隆 作曲:林哲司 編曲:新川博 『BEST FRIEND』(1st)に収録)

3. マリンブルーの恋人たち(作詞:安藤芳彦 作曲:村田和人 編曲:瀬尾一三 『MICHILLE』(2nd)に収録)

4. セピアMy true love(作詞:児島未散 作曲:岸正之 編曲:松原正樹 『key of dreams』(3rd)に収録)

5. 一歩ずつの季節(作詞:来生えつこ 作曲:羽田一郎 編曲:松本晃彦 『floraison』(5th)に収録)

6. 赤いリボン(作詞:風堂美起 作曲:崎谷健次郎 編曲:松本晃彦 『喜びの朝のために』(6th)収録)

7. 月影のサブリナ(作詞:吉元由美 作曲:山本達彦 編曲:松原正樹 『key of dreams』(3rd)収録)

8. いつから泣けなくなったんだろう(作詞:秋元カオル/EPO 作曲:EPO 編曲:松本晃彦 『喜びの朝のために』(6th)収録)

9. 悲しくなんて(作詞:吉元由美 作曲:林哲司 編曲:山川恵津子 『key of dreams』(3rd)に収録)

10. ジプシー(作詞:魚住勉 作曲:馬飼野康二 編曲:馬飼野康二 『ジプシー』(4th)に収録)

11. 合鍵(作詞:風堂美起 作曲:崎谷健次郎 編曲:松本晃彦 『喜びの朝のために』(6th)収録)

12. 気づかないでいて(作詞:田村直美 作曲:石川寛門 編曲:須貝幸生 『deja-vu』(8th)収録)

13. 星屑のエアポート(作詞:児島未散/風堂美起 作曲:児島未散 編曲:松本晃彦 『喜びの朝のために』(6th)収録)

14. HEAVEN~情熱に嘘をついた~(作詞:京恵里子 作曲:羽場仁志 編曲:岩本正樹 12thシングル(1993年12月21日、パイオニアLDC、アルバムには未収録))

15. 長い手紙(作詞:安藤芳彦 作曲:村田和人 編曲:瀬尾一三 『MICHILLE』(2nd)収録)

16. サンセット・ブールバード(作詞:松本隆 作曲:林哲司 編曲:松原正樹 『BEST FRIEND』(1st)収録)

全16曲中

1stアルバム『BEST FRIEND』(1985)から3曲

2ndアルバム『MICHILLE』(1986(名義は児島未知瑠))から2曲

3rdアルバム『key of dreams』(1989)から3曲

4thアルバム『ジプシー』(1991)から1曲

5thアルバム『floraison』(1992)から1曲

6thアルバム『喜びの朝のために』(1992)から4曲

8thアルバム『deja-vu』(1993)から1曲

オリジナル・アルバム未収録 1曲(「HEAVEN~情熱に嘘をついた~」)

(7thアルバム『Everlasting-結婚-』(1993)からは1曲も収録されていない)

児島さんは1985年から1995年の10年間で14枚のシングルと8枚のアルバムを発表している。所属レーベルは1st~2ndがフォーライフ(現フォーライフミュージックエンタテインメント)、3rd~4thがバップ・レコード、5th~8thがパイオニアLDC(現NBCユニバーサルエンターテイメント)、それからテイチクTGM(現テイチクエンタテインメント)(シングルを1枚リリース)。歌手活動からは長らく遠ざかっていたが、2016年頃から活動を再開し、最近では9thアルバム『Sing for you…』(Goodstock Tokyo, 2021)やシティポップカバーアルバム『CITY POP AVENUE』(2023)にゲストとして参加するなど、細々とではあるが、シティポップリバイバルの追い風を受けて着実に活動の幅を広げつつある。

ベスト盤は過去に数枚出ているが、今回はオール・タイム・ベストということで、レーベルを越えて全曲児島さん本人が選曲したうえでリマスターという記念盤のような扱いである。現在、入手可能な現役時代のアルバムは1st『BEST FRIEND』(1985)と2nd『MICHILLE』(1986)の2枚であり(注1)、それなりに売れた作品だからいまでも生き残っているのだと思うが、意外にもここから選ばれているのは5曲である。曲数でみると6th『喜びの朝のために』(1992)から採られているのは4曲と一番多いので、児島さん本人にとって一番思い入れがあるのはこの作品ということになるのだろうか。

児島未散といえば、一般的には「ジプシー」(1990)のヒットで記憶されている歌手だろう。庄野真代の「飛んでイスタンブール」(1978)、久保田早紀の「異邦人」(1979)といった中東風味の昭和歌謡の系列に属す作品で、つくづく日本人はこういうエキゾチックな雰囲気の曲が好きなんだなあと思う。ただ、児島さんの作品群からいうとこの曲はとても異質なもので(注2)、正直ベスト盤の中でも浮いてしまっている印象を受ける(だからといって「ジプシー」を抜いたベスト盤を作られても困るが。村上春樹の表現を借りていえば「マック・ザ・ナイフ」が入っていないボビー・ダーリンのベスト盤くらいありえない)。作曲は馬飼野康二だが、僕は昭和歌謡には本当に疎くて、この人の曲と言われて思いつくのは小泉今日子の「艶姿ナミダ娘」(1983)「渚のはいから人魚」(1984)くらいしかない(単にキョンキョンが好きなだけだろ……という自分ツッコミを入れてみる)。

1stアルバム『BEST FRIEND』も2ndアルバム『MICHILLE』もやたらと「海」をモチーフにした爽やか系の楽曲が目立つが、売り出し方をみる限り、児島未散はどこまでもイノセントで屈託のないシンガーという感じだ。アイドル全盛期の80年代半ばにデビューしておきながら、「永遠のアイドル」松田聖子のようなイヤミったらしいぶりっ子でもなく、「伝説のアイドル」中森明菜のようなカリスマ性もなく、小泉今日子のような既成のアイドル像破壊者でもないし、「ハッチまた会おうよ」(これも馬飼野氏の作曲)はあっても『超時空要塞マクロス』でリン・ミンメイを演じた飯島真理のような強烈なインパクトで記憶されているわけでもない。

では児島未散には何があるのかというと、純真無垢で夢見るようにスウィートな歌声である。清潔感満点の、どこまでも澄みきった歌声。この人の最大の武器はこの歌声であり、これさえあれば特別なテクニックなど不要である。世界一美しいというのは決して誇張ではない、ポール・デズモンドのアルトサックスの音色のようなものだ。僕はデズモンドの音楽であれば延々と聞いていられるが、それと同じで児島未散の音楽であれば何時間流していてもつらくならない。

しかしながら、この美しすぎる歌声は児島の最大の魅力であり、また同時に最大の欠点のような気がしてならない。というのは、美しすぎて引っかかるものがないのだ。水清ければ魚棲まずというけれど、人間というのは一点の汚れもないような高潔な人物にはある種の近寄りづらさを感じるようにできている。映画『コーダ あいのうた』(CODA, 2021)で使われた比喩を持ち出せば、「砂と糊を混ぜ合わせたような」声のボブ・ディランの歌が半世紀以上も世界中で聴かれ続けているのにはそれなりの理由があるわけだ。児島さんの声がディランみたいになったら僕は泣くが、彼女がプロデュースや作品には恵まれながらも今ひとつ抜きんでることができなかったのは(注3)、いい意味でも悪い意味でも多くの人の耳に引っかかる「何か」が欠けていたからだろうと思う。類まれな声質を持っていても、残念ながら表現力や存在感に乏しく、そのせいでJ-POP全盛の90年代を生き延びることなく、姿を消すことになってしまった……。

しかし、時を経てSNS時代がやって来ると、海外から日本のシティ・ポップがクールだということでリバイバルが起こる。個人的に児島さんの音楽はシティ・ポップではないと思うのだけれど(ピュアではあっても都会的で洗練された雰囲気を漂わせてはいない)、まあそのような流れの中で偶然にも彼女のようなシンガーに再び光が当てられるのは喜ばしいことだ。児島さんの曲で僕が一番好きなのは何といっても「一歩ずつの季節」(1992)だ。アレンジを含めて、これは自分のなかでは完璧なポップ・ソングに分類される。今という時代を生きられる幸せは、ひとつにはこういう曲をあとから追体験できるところにあるとさえ思うのである。

(注1)

調べたところ、2023年9月時点で入手可能なオリジナル・アルバムは1st『BEST FRIEND』(1985)と2nd『MICHILLE』(1986)、再始動後の9th『Sing for you…』(2021)の3枚、ベスト盤はバップ時代のヒット曲を収めた『児島未散GOLDEN☆BEST』(2011)、そしてこの『ALL TIME BEST CHIFFON』(2023)の2枚、計5枚である。うーん、さすがにこれは淋しい… バップ時代の『key of dreams』と『ジプシー』については『GOLDEN☆BEST』があるのでめぼしい曲は何とかカバーできるとしても、『floraison』『喜びの朝のために』『Everlasting-結婚-』『deja-vu』の4枚はぜひ再発してほしい。特に『Everlasting-結婚-』はコンセプトアルバムなので選曲できなかったのか、今回のオール・タイム・ベストに一曲も収録されていないのだ(泣)。また「ひとりじゃもういられない」(1995)は現在のところアルバム未収録、シングルCDも品切れ、ベスト盤にも未収録、配信もなしということで幻の曲になってしまっている。好きな曲なので、どうにかしてくれ~(涙)。

(注2)

児島さん本人も「ジプシー」はそれまでの自分とは異なるタイプの曲であると感じていた。

「ジプシー」は作曲家の馬飼野康二さんとミーティングをして、CMで使われたサビの部分だけを録音したのが最初で、一つの曲として出来上がったのは後のことでした。やはり歌詞がそれまでの自分とは違う世界なので戸惑いました。「私がこういう曲を歌えるのかな?」というのが曲への第一印象でした。(『ALL TIME BEST CHIFFON』ブックレット(「インタビューで綴る、児島未散ストーリー」)より引用

(注3)

児島さんは1967年生まれ、母は元ミス・ユニバースの児島明子、父はあの宝田明である。歌手デビューは高校三年生のときで、記念すべき1stアルバム『BEST FRIEND』は全曲林哲司の作曲、作詞はすべて松本隆という、実力が未知数の新人のデビュー作とは思えない破格のプロデュース。他には村田和人の「マリンブルーの恋人たち」「長い手紙」、崎谷健次郎の「赤いリボン」「合鍵」など、錚々たるミュージシャンたちからの楽曲提供を受けている。