【歌詞対訳】”When the Levee Breaks” / Led Zeppelin
4作目のアルバム『レッド・ツェッペリンIV』(Led Zeppelin IV, 1971)のラストナンバー。「天国への階段」が収録されていることで有名なアルバムだが、重戦車の行進をおもわせるボンゾのヘヴィなドラミングではじまるこの曲は、サンプリングの元ネタとしてもっとも有名な部類に入るだろう。その昔、自分はビョークの「アーミー・オブ・ミー」でこのドラミングが使われているのを聞いて、サンプリングという手法がもたらす効果をはじめて実感したのだった(アーミーなのでほんとに戦車じゃないか!)。
よく知られているように、この曲じたいもツェッペリンのオリジナルではない。原曲はアメリカの女性シンガー、メンフィス・ミニー(Memphis Minnie, 1897-1973)が1929年に発表したもの。比較のために両方紹介しておこう。ロバート・ジョンソンの「クロスロード・ブルーズ」("Crossroad Blues")はクリームの、「むなしい愛」("Love in Vain")はローリング・ストーンズのカバーバージョンによって有名になったが、ある意味でそれはウィスキーをオン・ザ・ロックで飲むのはきついから、炭酸水で割ったりするようなものだ。ロックキッズの手ほどきとしてはハイボールでいいかもしれないが、その精髄たるウィスキーそのものを味わわなければ、つまりロックのルーツであるブルーズやR&Bを聞かなければ、ほんとうにこのジャンルを理解したことにはならないのではないかということを僕はいいたいのである。
歌詞は1927年のミシシッピ川大洪水を題材としている。1926年夏に降りはじめた大雨はミシシッピ川の水位を上昇させ、翌27年には145の堤防が決壊・氾濫し、アーカンソーをはじめとする7つの州で甚大な被害をもたらした。ミネソタ州北部からメキシコ湾へと流れるミシシッピ川は、その後の1983年、2011年のものも含めて歴史的にたびたび大洪水をおこしているが、この1927年のものはアメリカ史上最悪の水害となった。ほかにはチャーリー・パットン(Charlie Patton, 1891-1934)の「ハイ・ウォーター・エヴリウェア(パート1)」("High Water Everywhere (Pt.1)")やロニー・ジョンソン(Lonnie Johnson,1899-1970)の「ブロークン・レヴィ―・ブルーズ」(“Broken Levee Blues”)などがこの水害を題材としている。
“When the Levee Breaks” (written by John Bonham, John Paul Jones, Jimmy Page, Robert Plant and Memphis Minnie)If it keeps on raining, levee’s going to break
If it keeps on raining, levee’s going to break
When the levee breaks, have no place to stay
「ウェン・ザ・レヴィー・ブレイクス(堤防が決壊するとき)」
このまま雨が降りつづけば、堤防が壊れてしまう
このまま雨が降りつづけば、堤防が壊れてしまう
堤防が壊れたなら、居場所がなくなってしまう
Mean old levee taught me to weep and moanMean old levee taught me to weep and moan
It’s got what it takes to make a mountain man leave his home
Oh well, oh well, oh well
おれにすすり泣きうめくことを教えたのは、あのしみったれたオンボロの堤防さ
おれにすすり泣きうめくことを教えたのは、あのしみったれたオンボロの堤防さ
これには山の男を故郷から出ていかせるだけのものがある
ああ、ああ、なんてこった
Oh, don’t it make you feel badWhen you’re trying to find your way home
You don’t know which way to go
If you’re going down south
They got no work to do
If you’re going north to Chicago
悪い気持ちはしないもんだろ
なんとかして家に帰るための道をみつけようとしていると
どっちに行ったらいいのかわからない
もし南に進んでいるのであれば
仕事なんかありはしない
もしシカゴに向かって北に進んでいるのであれば*
*27年のミシシッピ川大洪水は、アメリカ黒人の大移動(the Great Migration)を促進するひとつの要因にもなった。1950年代に入るとマディ・ウォーターズに象徴されるシカゴ・ブルーズが登場してくるが、これは南部から北部に移動した黒人ミュージシャンたちがデルタ・ブルーズを持ち込み、独自に発展させていったことによる。
Crying won’t help you, praying won’t do you no goodNo, crying won’t help you, praying won’t do you no good
When the levee breaks, mama, you got to move
泣いたって仕方がないぞ、祈ったってちっともよくなりはしない
泣いたって仕方がないぞ、祈ったってちっともよくなりはしない
堤防が決壊したら、ママ、お前はよそへ移らなくちゃいけないんだよ*
*ここでのmamaは母親ではなく「妻」の意味である。この用法はもとはといえばアフリカン・アメリカンの文化に由来するのだが、泉山真奈美編著『アフリカン・アメリカンスラング辞典』(研究社、2007年)の“mama”の項目を引いてみると以下のように説明されている。
「語源はもちろん幼児語の“お母ちゃん”だが, アフリカン・アメリカンの人々は異性の恋人をdaddy(情夫、という意味もあり)と呼んだり, mamaと呼んだりする風習がある. このスラングは1910年代からアフリカン・アメリカンの人々が100年近くもの間, 使い続けてきた息の長い言葉. また, 1960年代~‘70年代には, red hot mama (or hot mama)(セクシーな女性)というスラングがアフリカン・アメリカンの人々の間で流行した」(p141)
All last night sat on the levee and moanedAll last night sat on the levee and moaned
Thinking about my baby and my happy home
昨夜はずっと堤防に腰かけてうめいていた
昨夜はずっと堤防に腰かけてうめいていた
おれのベイビーとおれの幸せな家庭のことを思いながら
Going, going to Chicago, going to ChicagoSorry, but I can’t take you
Going down, going down now
行こう、おれはシカゴに行くぞ、シカゴに行くんだ
ごめんな、お前は連れていけないよ
ああ、でも沈んでいく、沈んでいくんだ








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